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☆松井佳代さんからの報告

カセリンにおける協力隊複数派遣による障害者支援プロジェクトについて

松井 佳代

チュニジアにおける協力隊派遣と障害分野

チュニジアにおける協力隊派遣は1975年に開始され、その重点分野は約30年の間に保健衛生から保守操作、そして教育文化へと推移してきました。「障害分野」という枠組みで捉えると、派遣が本格化した1997年以降、今日までに二十余名の隊員が障害児者の通うセンターに派遣されています。

この通所型のセンターは、障害種別や地域別に設立され、その数はチュニジア全国で200以上と言われます。センターの主な活動内容は、障害をもつ8歳(場合によっては6歳)から30歳までの青少年を対象とした、特殊教育・職業訓練・リハビリテーションです。それぞれのセンターを運営しているのは協会(Association)と呼ばれる組織で、障害分野における当国の取り組みは、この活発な協会によって支えられています。

協会の運営委員会は、町の有力者、障害児の養育者、成人の障害当事者、医師、支援者などで形成されており、委員はいずれもボランティアです。所謂「統合教育」も儘ならず、また、国立のセンターは大都市に数箇所あるのみという状況ゆえに、これらの協会が学齢期の障害児者支援で果たす役割は非常に大きいと思われます。

一方、障害当事者団体としての性格を持つ協会も、首都を中心に幾つかあり、文化・スポーツ・社会活動を行っています。しかし、残念ながら地域や障害種を越えた国内での連携はあまり見られません。権利擁護に対する意識も日本の当事者団体とは随分異なりますが、これは「言論・集会・結社の自由」が制限されているお国柄のせいであるかもしれません。障害を持つ人を前に、チュニジアの人々がよく発する言葉は「ミスキーン(かわいそう)」であり、「アッラーガールブ(宿命だ)」とする考え方も根強く残っています。障害問題に関する法整備は比較的進んでいるものの、未だ「保護(Protection)」という言葉がよく目につきます。このような現状から、全体的に、力をつけた障害者の存在が希薄であると感じます。

プロジェクトの概略と活動紹介

「障害」を社会・環境との関係性の問題と捉える今日では、協力隊活動においても、障害そのものに対するアプローチと同時に、地域社会への働きかけが重要となっています。

2004年に開始したカセリン県カセリン市への協力隊派遣は、これまでセンターごとに1〜数名派遣されていた隊員を、複数のセンターに複数名派遣するという形態をとっています。当市内にある5つの協会から連名で要請された協力隊員(言語聴覚士/理学療法士/養護/作業療法士/体育)と、協会運営の監督機関である社会福祉行政側に配置されたコーディネーター(シニア隊員/フィールド調整員)が連携し、現地のニーズに「面」で応えるという構想です。

日々の活動では、隊員活動の柔軟性を活かして、それぞれが複数の協会を対象として専門分野の支援を行っています。一方、スポット的に開催されるイベントや報告会、セミナーなどは、グループとして各自の知識と経験を集結し、共同作業で企画・準備・運営を行います。

加えて、JICA集団研修(「障害者リーダーコース」「知的障害者福祉U」)にカセリンの人材を推薦したり、「世界の笑顔のためにプログラム」を通して日本国内の個人や団体から寄贈された中古物品を協会に届けたり、日本大使館の「草の根無償資金協力」により巡回車両などを供与したりといった協力隊事業以外の援助スキームも積極的に取り入れています。

カセリン県は当国で最も貧しい県の一つです。貧困と障害の複雑なサイクルを抱えるこの町での活動は、地域社会全体を捉える広い視点が要求され、時としてそれは「障害」を通した町の活性化のようでもあります。

課題

障害分野には、世界的に見ても依然として多くの課題が山積みになっています。一口に課題と言っても、その多くは必ずしもカセリンに特化したものではなく、どこの国・どこの地域にも存在するものであると理解した方がよいでしょう。

その上で、チュニジア国内におけるカセリンの主だった特徴に言及すると、まず、障害分野に関わる専門スタッフの慢性的な不足が挙げられます。病院や地域リハビリユニットといったハード面の未整備だけでなく、専門知識を身につけたカセリン出身者が、より好条件の職場を求めて県外へ流出しているという現象が見られます。

また、地場産業が脆弱なため、協会の活動に賛同しスポンサーとして運営を支援してくれる企業や団体が少ないのもカセリンの特徴です。観光地であれば、外国からの協力も得られやすいのですが、観光業の盛んでないカセリンではそれも期待できません。また、基本的に協会の運営資金は、生徒の養育者が加入する社会保険事務所や国から支給されていますが、失業家庭が多いカセリンでは、制度上この額も低くなってしまいます。これは、協会スタッフの確保や物品の購入に大きな影響を与えます。

さらに、遺伝性の障害や疾病を発生する要因ともなる近親婚、トラブルに対応できない昔ながらの自宅出産などが、今なお、カセリンの障害(者)問題を複雑化しています。家庭の問題としては、養育者の保健衛生に関する基礎的な知識の不足、子供が多いために目が行き届かず見逃される病気や家庭内事故、貧困や複雑な家庭環境による障害の放置や無視などが挙げられます。

こうした問題に対処するために、分野横断的に障害問題を扱う素地を作ることが急務となっていますが、協会の活動内容や対象者に制限があり、実際には対応は非常に難しい状況です。草の根レベルのネットワーク構築も、カセリンのように農村部からの移住者が寄り集まって形成された比較的新しい町では、現地住民同士の心理的な壁が思わぬハードルになっています。

このような状況下で活動する協力隊員は、マンパワーとしての要素が強くなりますが、プロジェクトを通して提供しているのは決して労働力だけではありません。協会の中に入り込み、現場レベルの課題を顕在化し、改善策を提案し、実行していくことを繰り返すうちに、先述の諸問題を再考する機会を周囲に与え、「気づき」を起こすことができます。もちろん、プロジェクトに関わる現地人と協力隊の間に最初からスムースな協力関係が構築できるわけではありません。しかし、隊員は内部にいながら外部(外国人ボランティア)であるという自らの二面性を上手に活かして、提言を繰り返しています。この「変化を起こすマンパワー」であることが、隊員がカセリンに存在する理由と言っても過言ではないでしょう。また、当事者の意思を尊重する隊員たちの徹底した態度が、障害者自身に与えた影響も少なくありません。こうした経験の積み重ねが、カセリンの障害を持つ人々やその家族の負担を軽減し、精神的な糧となり、やがて自ら立ち上がる一助となることを願っています。

(編集注:松井佳代さん=平成10年度第2次隊卓球隊員、ジャイカ事務所勤務シニア隊員、カセリン隊員複数派遣支援シニア隊員と、チュニジアに3度に亘って派遣されました。写真は、1枚目と3枚目が、松井さんご自身、2枚目が、ジャイカ事務所のジトゥーリ・ジャミル職員、一番下が、2005年にジャイカ事務所でインターンをしたシルビア・リルシーさん撮影です。)